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August 13, 2005

大連視察旅行(3)

大連視察旅行(3) 小説風に


                        ハンサム ドラゴン

カラコロッ。
ぞろ目の8が出た。端正な藤田の顔がほころんだ。
ゲームに負けた麗華は、「口惜しいー!」と、嬌声を挙げた。

麗華は、藤田を上目遣いに見ながら、その右の二の腕を軽くつねった。藤田は、笑いながら麗華の手を払う素振りを見せた。その時、藤田の体がテイクオフのメロディを奏で始めた。藤田は、スーツの内ポケットから、左手で素早く携帯電話を取り出した。

藤田は、しばらく携帯電話の相手の言っていることに聞き入っていた。藤田は、決して取り乱してはいなかったが、わずかに表情を曇らせた。電話は、藤田が経営する日本のソフトウェア開発会社の大連にある子会社の総経理董光輝からだった。

「社長、また、主任の一人が、会社を辞めました。GXに引き抜かれました。」

「そうですか。それは残念です。董さん、決して、お客様にご迷惑がかからないように迅速に対応しましょう。今すぐ、その主任が担当していたチームのメンバーに、至急、会社に来るように伝えてください。」「連絡が取れる者だけでも結構です。」

「わかりました。」

「私も、これからすぐに会社に戻ります。今夜中にプロジェクトの進捗状況を把握しましょう。」「日本からの応援スタッフを明日の飛行機でこちらに越させます。」

 電話を切ると、麗華が藤田の顔を窺っていた。

 「リュウジ(龍児)、何かあったの?」

 「麗華、これから、すぐに会社に戻らなければならなくなった。ごめん。また来るよ。」

「そう。明日も来れる?今回は、いつまでいるの?」

「わからない。」

 藤田は、いっしょに来ていた営業部長の趙と席を立った。

「麗華、タクシーを呼んでくれ。ソフトウェアパークまでだ。」
 
「ハイ。」

麗華は、「クラブ 源氏」のネオンの下で、名残惜しそうに、藤田の腕にすがりついた。

「リュウジ、お仕事、大変ね。体に大切にしてね。」「私のドラゴン。」
 
 藤田は、タクシーの中で、日本に連絡を入れて、応援スタッフの手配をした。藤田の会社の社員が引き抜かれるのは先週に続いてのことだ。さすがの藤田も社員の定着率が低いことには頭を悩ませている。

 そもそも、藤田は、日本の大手銀行で、コンピュータ・システムの管理をしていたが、3年前に独立して、ソフトウェアの開発会社を興した。金融機関に勤務していた強みを活かして、いくつかの金融機関をクライアントとしている。日本で受託した仕事をここ大連でオフショア開発している。大連の子会社は、設立後2年間で100名のエンジニアを抱えるに至った。売り上げは毎年100%以上の伸びを示し、日本法人は、IPOを視野に入れている。

 藤田は、なぜ大連をオフショア開発の拠点として目を付けたのか?
 今でこそ、大連のソフトウェアパークやテクノパークには、IBM、デル、SAP、HP、アクセンチュア、松下、ソニー、NECなどの世界的にも有名な大企業が進出しているが、1998年より前にはそのような大企業は全く無かった。それが時の市長の掛け声で、官民学一体となって、IT産業の拠点となるべく邁進してきたのである。1998年6月に大連ソフトウェアパークが起工され、2001年から日本の松下通信、NEC、三菱、オムロン、ソニーなどが入居し出した。その後も、大企業の入居が相次いだ。
 それとともに大連市のソフトウェア産業の売り上げが急速に増加した。4.3億元(1999年)、9.8億元(2000年)、15.3億元(2001年)、23.4億元(2002年)、46.7億元(2003年)(以上、大連市ソフトウェア・情報サービス業発展レポート 2004年版)。
 大連市は、今後、第2ソフトウェアパークや第2テクノパークを建設することを決めており、大連市のIT産業は加速度的に発展する段階にあると思われる。
 ソフトウェア産業において一番大切なのは、人材である。大連には、大連理工大学、大連財経大学を始め、IT人材の育成を担う有力な大学が多数ある。加えて、日本語教育も盛んであり、日本向けのソフトウェア開発には打って受けである。しかも、北京や上海に比べて、人件費がまだ安い。たとえば、上海では月給が5千元から1万元であり、大連では、3千元から4千元である。
 藤田は、大連のこのような資源を活用して、事業を急拡大させてきた。もっとも、毎年100%の成長をする企業は、大連では珍しくない。
 ところが、ここに来て、大連のソフトウェア産業の急速な拡大が深刻な人材不足を引き起こした。大連では、大連理工大学を始めとする教育機関から毎年5万人のIT関連人材を輩出している。ところが、北京や上海などのより給料の高い地域への流失やソフトウェア産業の急拡大により、毎年1万人の人材不足を生じている。
 大連市内では、より給料の高い会社へ転職するケースが目立っている。
 各企業は、優秀な人材を如何にして獲得し、その流失を防ぐかが大きな課題となっている。

 藤田は、日本からの応援スタッフの手配を終えると、別の番号をプッシュした。

 「もしもし、高原さんですか?」

 「そうだが。藤田君だね。」

 「また、やられました。今度も主任クラスです。さすがに2週間続けてなので、参りました。正直なところ、どう対処すべきかわかりません。」

 「うーん。そうか。君のところは、君以外はすべて中国人だから、中国人にも重要ポストにつく機会があるので、昇進の不満が原因ではないと思う。やはり給与が原因かね。」

 「そうです。GXは、うちの1.5倍の給与を出すそうです。」

 「それは、つらいね。でも世界のトップ企業と給与水準で勝負するのはナンセンスだね。」

 「待遇面では、うちとしては、できる限りの給与を出していますし、インセンティブプランも実施しています。これ以上やると大連でオフショア開発をする意味がなくなります。」
 
 「確かに、今はつらい状況だが、君には、董さんや趙さんみたいな信頼できる側近がいるね。傍からは、君に心酔しているように見える。」

 「彼らとは、緊密にコミュニケーションを取っているので、十分な信頼関係があります。」

 「そう、そこが一つのヒントにならないだろうか?」

 「社員とのコミュニケーションを大切にしろとおっしゃっているのですか?」

 「そのとおり。少なくとも主任クラスとは、今よりはもっと緊密なコミュニケーションをとるようにしたらどうだろう。君の会社のビジョンを、いや、君の事業に対する熱き思いを一人一人に注ぎ込むように語り続けるのさ。」

 「非論理的な方法のように思いますが。」

 「そうかもしれない。しかし、資金力の勝負をしないなら、人間力とでも言おうか、君自身の求心力で勝負してみてはどうだろう。君には、それだけの魅力があるよ。」

 「私の魅力ですか?」

 「うん。カリスマ性と言ってもいいかな。過去に成功した経営者の中には、経営危機に面したとき、非合理的ともいえるカリスマ性で乗り切った者もたくさんいる。」

 「はい、それは承知していますが。私の魅力ですか。自信ありませんが。」

 「大丈夫さ。男に惚れるのは、女だけじゃない。ところで、源氏の麗華とは、うまくやっているかい?近いうちに源氏で飲もう。私は、来週いっぱいは、大連にいる。その後は、上海に2週間くらい滞在する予定だ。あちらの日系企業でも君と同じ悩みを抱えているよ。」

 「わかりました。今日発生した問題の対応策を終えたら、こちらからご連絡します。いつも貴重なアドバイスを頂戴して、ありがとうございます。」

  藤田は、経営コンサルタントの高原との電話のやり取り中に、すでにある決断をしていた。今は、日本と大連を毎月半々の割合で行き来しているが、自宅といえるものは日本にある。大連に引っ越して、大連での仕事の割合を増やすことを考えている。

 「リュウジ、待ってたわ。あら、高原さんも。お久しぶり。」

「麗華、相変わらず、きれいだね。その美しさは、誰かさんのためにあるのかな?」

「いやよ。高原さん。」

麗華は、チラッと藤田を見ながら、言った。

「麗華、今日も繁盛だね。いつものお酒をください。」と藤田。

クラブ源氏は、日本人専門のクラブであり、毎晩、駐在員と出張できたビジネスマンで繁盛している。大体200元で飲める。

「藤田君、例の問題はどうなった。」

 「高原さんのおっしゃるように、もっと社員とのコミュニケーションを緊密にしようと思います。これからは、大連のウェートを高めるつもりです。」

 「ほう、そうかい。麗華、聞いたかい?うれしいだろ。」

 麗華は、何も言わず、藤田の横顔を見つめている。

 「それはそうと、麗華。紀香は居ないのかい?」

 「彼女は、日本に行ったわ。このお店の子のほとんどは、東北地方の奥地の出身なの。みんな、故郷に仕送りをするの。そして、少しでもたくさんのお金を得るために日本に行くの。少しためたお金に加えて、借金をして日本に行くわ。」

 「そう。じゃ、他のかわいい子を付けてくる?」

 「ハイハイ。高原さんの好みのタイプはわかっているわ。」

 「高原さん、人材流失の問題も含めて、中国人の社員をマネージメントするのは難しいですね。」

 「うん。でも、君はまだうまくやっている方だよ。人材流失の問題は、中国の国有企業でも深刻だよ。」

 「そうですか」

 藤田は、しばらくの間、視点が定まらない状態で、グラスを持ったままでいた。

 「何を考えているの。」

 藤田は、我に返った。

「今、遠くにいた。」

「そう。リュウジは、夢を追いかけて。私のハンサムなドラゴン。」

                                                完

 


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