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May 11, 2007

インドから生還

 昨日、インドから帰朝した。

 ムンバイとデリーを訪れた。おおよそ事前に仕込んだ知識どおりだったが、これを体験してみると心身は、かなり消耗する。後半の2日間は、お腹を壊した。実際、インドは、日本企業が駐在員を送る際に、もっとも困難な地域であると言われている。それでも当地でお会いした2名の駐在員の方々は、飄々としており、お一人は、「住めば都」とおっしゃっていた。

 感じたことと報告したいことは、山のようにあるが、ひとつだけ触れたい。

 やはり巨大な貧困層の存在だ。ムンバイは、スラム街が市内に点在し、その他と混在している。どこからスラム街といい、どこから通常の家なのか不明だ。町中ゴミだらけで、埃っぽい。路上生活者もたくさんいる。多分交通事故が原因だと思うが、手足にハンディを追った人々が路上に臥している。

 インド政府やインドの富裕層は、このような貧困層に無関心だと言われる。しかし、実際は、とても手を付けられない数であり、誰も責任が持てないのではないか?だから無視、無関心を装うしかないのではないか?

 しかし、時に、その責任を一心に負い、文字通りすべてを彼等のために捧げてしまう清らかな心の人々もいる。また、宗教に投じ、過酷な修行を自らに課して自身の魂の救済を求める人々もいる。

 私のインド人の友人も、高カーストに属しているが(最高位のバラモンは、完全な菜食主義者である。菜食主義者は、高カーストに属していると推測できる。)、彼等を少しでも助けようとしている。インドを始め、アフリカ、アジア、南米において、救難活動のボランティア活動をしている。

 疑問がある。何故に、こんなにも多くの貧困層がいるのに、革命や大規模な暴動が起こらないのだろうか?

 一つの仮説を立ててみた。インドは、言語だけでも300言語が使用されているという。カーストも実際には、もっと複雑に分かれている。もちろん、民族も宗教も多々だ。インドには、このようにたくさんのひと括りまとめる要素があり、それぞれが、小さな社会・秩序を構成している。このような小さな社会・秩序が無数に折り重なって、インドという国家が形成されているのではないか?社会があまりに細かく分断されているので、ある程度の塊となり、革命のエネルギーとなることが無かったのではないか?

 ムンバイでは、2度、怖い目に会った。

 左側がムスリムの居住地、右側がヒンデューの居住地という通りで、私の乗っていたタクシーは、ムスリム側の人を撥ねそうになった。ムスリム側の人々が多数出てきて、私のタクシーをパンパンと叩き始めたのだ。ドライバーは、珍しいことではないのか、平然として、車を走らせた。多分、あのまま、躊躇して、車を止めていたら、多数の人々に囲まれて動けなくなり、非常に危険な状況になっていたと思う。はっきりと、身の危険を感じた。

 もう一つは、帰る時、空港に向かっていた友人が手配してくれた車が自損事故を起こしたことだ。私の車は、中央分離帯に乗り上げて、走行不能になってしまった。幸いにも、あまり速度を出していなかったので、人体は無傷だった。タクシーに乗り換え、空港にすべり込んだ。

 空港でも色々とあったが、シンガポールエアラインの飛行機が、離陸して、ドリンクサービスが始まったときは、本当にほっとした。

 帰朝してからは、なぜかインドのことばかりを考えている。色々なことを深く考えはじめてしまう。良いことか、悪いことかは、分からないが、インドにとりつかれてしまったのか?

 

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